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2005年1月3日。新春ツーリングその2 |
山口県光市 |
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1月元旦宮島ツーリングに1日置いて3日。今度は、宇佐神宮お参りツーリング。ゴールドウィンの冬用ライダージャケットの防寒性能に気を良くして出発だ。私のW650には風防もあるし外気温5度、3度でも
特に問題ない。今までの冬のツーリングは、散々着込んでその上に雨合羽をきてそれでも寒さに体を硬くして運転していた。 思い出されるのは、数年前の5月初め下関「赤間神宮の先帝際」を見に行ったことだ。寒くて我慢できず食堂で熱いうどんを食べたりしながら何とか下関についた。バイクは、駐車場所をとらないのでどこでも止めれ一番良い場所で見られた。それは良いのだが、下関は寒い。と印をついた。以来懲りたというか冬の長距離ツーリングは中止になっていた。 |
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距離感があって疲れないとなると瀬戸内ではフェリーに限る。フェリーは、バイクは安い。四国は、もちろんフェリーだが、九州へのツーリングは、いつもこのスオーナダフェリーを利用する。 酒が飲めないのは残念だが、食べたり、TVを見たり寝たりでかなりリラックスできる。 時間もここまでならフェリーの方が早い。国道2号線は、交通量も信号も多くあまり好きではない。 周南市徳山港から大分県竹田津港まで丁度2時間。 |
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フェリーの出航が7時出発と勘違いして朝6時に自宅をでた。外気温6℃。約30分で周南市徳山港へ着く。フェリーは、7時20分発。車は数台、バイクは我々だけ。仕方が無いので切符を買って近くのコンビニへ買い物、しばらくすると乗船だ。妻は、正面奥のタラップから乗船。早朝で正月ということもあってか乗客は少ない。9時20分 過ぎ出発。 |
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出航する頃には、だんだん明るくなってきた。海は、穏やかで船は、揺れる事はない。 切符売り場で国東(くにさき)半島のパンフを見つけたので色々情報収集をした。見るところは多そうだ。 |
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| フェリーを降りると国道10号線を左に約30km国道沿いに宇佐神宮の駐車場を見ることができるので迷うことはない。途中結構起伏のある道路でそれなりに面白い、まだ車は少ない。何年か前にも来たが大渋滞で 安全の為音のうるさいハレーの一団の後ろについて路肩をすり抜けたのを思い出した 。今年は、おそらく元旦の雪が残っているのでそういうわけには行かないが、今年はまあまあ順調に走れた。宇佐神宮へは10時10分に着いた。 | ||
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これは、最初の鳥居、右にみやげ物店、鳥居を過ぎると露店がずらりと並ぶ。 八幡様の総本宮で本殿は、国宝に指定されている。 |
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左の写真は、本殿の入り口の門、右が本殿。本殿の前が狭いので今度拡張工事が予定されているらしい。 中を見てもしょうがないのだがいつも扉が閉じれていて奥を窺うことができない。 |
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本殿(実は門、この奥に本殿は、あるが柱が邪魔して写真は撮りにくい)これは上宮で国の安全を守るとか、ここまで来るのに約25分くらいかと思う。 途中宝物館などがある。
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少し帰路を下りると外宮(これも門)がある、ほんのわずかな距離だがこちらは雪を被ってコントラストが美しい。 こちらは、国民の安全を守るとか。 |
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私が最初だったが参拝を済ませて駐車場へ行くと綺麗なカラーリングをした若者のバイクが私の車に合わせて綺麗に並んでいた全てカワサキだ。 (間隔と前後が私の単車へぴたりと合っている。以後見習いたい。) 一番向こうの青いタンクが私のW.650。 若者のバイクは、スタイリッシュでかっこいい。私のW650がなんだか旧式みたいで見劣りする。かと言って、乗るのはちょっと恥ずかしい。 この頃から大渋滞が始まっていた。11時20分頃か? |
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宇佐市を少しもどる豊後高田市ここに昭和ロマン館がある。 昭和初期から中期の物が自転車オートバイやリヤカーなどいろいろ展示してある。 |
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非常に程度のよいミゼットがあった。私が中学のころ(昭和40年)は、もう少なくなっていたと思うが。 高校の先輩がアイスクリームの配達のアルバイトをしていた。荷台に保冷庫の付いたミゼットだ。友達を送る為保冷庫に乗せた。そしてビックリさせようと急ハンドルを切ったら、ミゼットが横転して中の友達が泣いたそうだ。先輩は、クビ。 昔は、16歳から取れる自動三輪(軽自動車も乗れる?自動二輪は乗れない?)という免許があった。昔は、中学を卒業してすぐ働く人が多かったので16としたのだろう。いつの間にか、自動三輪も免許もなくなった。軽自動車専用の免許もあった。私は、原付二種を16歳で取った。それから免許制度の変更が社会の変化に対応して数度となく繰り返された。気がついたら 私の免許は、大型自動二輪となっていた。 初期の自動三輪は、バタンコと呼ばれ、バーハンドルで空冷エンジンむき出しで、エンジンの上にサドルがあり、まるで馬にでもまたがる感じ、 アクセルは、耕運機のようなレバー式、屋根は幌、一人乗り、 二人目から荷台、ドアはなく、幌のような もの、セルはなくキックのみ、自転車のペタルのような物を思いっきり足で下げる。失敗するとケッチンといってカネのペタルで思いっきり足にしっぺ返しをくらう。エンジンは、むき出して 覗くと地面が見えるし真っ赤になっているかと思うほど暑い。三輪車は、昔竹を山から出すのに欠かせないと聞いたことがある、前輪の後を後輪が通るのでいわゆる内輪差がないので狭い山道をすいすい走るそうだ。子供の頃近くにあったので 荷台に乗せてもらうといきなり飛び出る怖い乗り物だと良く覚えている。
色々見るたびに昔の出来事を思い出す。自転車オートバイは、やや頑丈な自転車へ小さなエンジンをつけてレバーを操作してVベルトで後輪を駆動する。自転車オートバイの終わりの頃かもしれない私が小学校の低学年の頃(昭和32-3年)か
、もう少し前かも知れません?。 |
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豊後高田市字から半島の真ん中の両小山の中腹に富貴寺がある。妻の誘導でここまで来た。阿弥陀如来増、壁画等が重要文化財、ところが風雪でご覧の通り見ることはなかった。 |
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| 国東(くにさき)半島は大分県の北側で瀬戸内海に突き出てお椀を伏せたような丸い形で中央の両小山は720.8mとかで結構高い。おそらく山頂近くは、雪で走れないだろうと判断して道を選んだ。だんだん雪景色になったが道路はよく管理され道路上の凍結はなかった。気温は、おそらく高いとことで10度、低いところで7度位か。結構走ったので体感温度で予測が付くようになった。(大したものだ) | ||
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左)正面が綺麗だったのでバイクを止めて撮った。
狭い国東半島というより阿蘇近くの広大な九住高原を連想さす景色だ。 |
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右上)ここは、半島の南 温泉地別府に近い「風の里」という温泉と宿泊、食事の施設。左が宿泊、その向こうが温泉、右の三角の建物がレストラン。白い蔵のような建物がアットホームな食堂、レストランは、満席、順番待ち。白い蔵のような食堂へ入る。名物団子汁。「いま味噌を入れたのでしばらく待って。」といわれ待つ。団子というから丸い団子を連想していると板状の長い団子?でちょっと面食らったが具沢山でおいしい。待つ間おでんを食べた。これもおいしい。酒を連想した。 温泉の準備をしていたので入ろうと温泉棟へ行くと下駄箱に靴が溢れていた。ムードが出ないので次として出発した。1時30分発。
予定では、3時のフェエリーで帰る予定だ。妻は、竹田津港へ近いので戻るよう薦めたが、同じ道を戻るのは面白くないので東周りで帰ることにした。ここは、以前高千穂ツーリングで通っている。 |
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道の駅くにさき、大分空港を過ぎてしばらく走ると国東半島の一番東になるところへ新しい道の駅ができた。 他の道の駅と多少趣を異にしている。三角の黒津之庄というお店で買い物をした。ご覧の通りの雰囲気で人は少ない。
大分県の椎茸は、有名でTVなどで栽培風景を見たことがあるが綺麗な「どんこ」と呼ばれる身の厚い椎茸が販売されていた。 |
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| 結局3時20分、竹田津港へ着いた。次の便は、5時30分。約2時間の待ち時間である。 売店のおばさんへ「温泉は近くへありますか。」と尋ねると「えぇ、「あかねの郷」で15分くらいで・・・。」地図も見ないで道順を聞いて出発しようとしたら、若い港の係りの人が、「車の予約は一杯、バイクの予約はできない 。但しバイクは、15台くらいしか積めないのでグループが来たらまた遅れる恐れがある。」とアドバイスをもらったが。先の温泉で入り損ねているので出発した。看板は、 「あかねの郷まで11km」。後何キロと看板がいくつもある。するとだんだん残雪が多くなって気温も下がりとうとう雪のワダチを走るハメに、転倒も予測してスピードを落とす。「後800m」の看板でワダチが消えた。これでは走れないと断念した。帰り、少しの雪へ乗り上げバイクが 大きく暴れた。「ゥひゃー」と声がでたが何とか走りぬけた。
温泉は、次回として
国東半島は、結構見るところが多く起伏があるのでライダーにお勧めです。一泊するとゆっくり見れそうです。全走行212km 費用:全て二人分 フェリー代バイク往復4200円、人往復8800円、 最後までご覧頂有難うございます。またどうぞ。 |
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